渡る世間に鬼ばかり -01-
グローシアン失踪事件を解決したアクセル達は束の間の休息の後、再び謁見の間にいた。これからの行動方針を決めるためにである。
アルカディウス王との謁見の最中、城内で不穏な騒音が響いた。剣が交じる音、何人かの騒々しい足音、高い悲鳴。
「…なんだ!?」
ウォレスが咄嗟に振り返る。
「何者かが忍び込んだようだ。お前達、行ってくれるか?」
王の言葉にアクセル達は一礼して、謁見の間を飛び出した。
「…な、何で、僕を狙うんですかっ!?」
逃げ回りながら悲鳴に近い声をあげたのは、以前保護した少年―エリオット。
そして、それを追い詰めようと迫ってくるのは、覆面をつけた曲者―シャドー・ナイトたちだ。
アクセルは、状況を見るなり仲間に的確な指示を出した。
「ウォレスはエリオットを狙う賊その1を攻撃、カレンさんはエリオットにプロテクトを。ルイセはファイアーボールの詠唱を開始、アリオストはボス格のあのナイトにフィアをかけてくれ」
リーダーの指示に皆よろしく了解! 詠唱と攻撃を開始し、アクセル自身もソウルフォースの詠唱に入る。
援軍が来た事に気付いたエリオットは、持ち前の逃げ足、もとい俊足で何とか庇護下に入ろうと移動を開始した。
やがて、エリオットを追ってきた曲者たちは、ゼメキスの杖装備による範囲拡大のルイセのファイアーボールと、ウォレスの投剣によるダメージであえなく倒れ、最後に残ったリーダーと思しきシャドーナイトも、僅かばかりの魔法防御力をフィアで低下させられ、魔力最大の単体最強魔法ソウルフォースを喰らって動きを止めた。
「…ちっ…流石に3人じゃ分が悪いか…」
苛立たしげに舌を鳴らし、剥がれ落ちた覆面から顔を覗かせたのは…
「ゼノス!?」
「ゼノスさん!?」
「に…兄さん!?」
女性キャラ一番の清楚なカレンの似ても似つかないワイルドな兄―ゼノスだった。
「兄さん! どうして? どうしてこんな事を…」
「そうよ! どうしてゼノスがエリオットを狙ったりするの?」
カレンの悲痛な叫びとティピの声に、ゼノスは憎しみ(と何かの感情)で曇った眼差しをアクセルに向ける。
「全て、お前が悪いんだ! お前が俺に毒を盛ったりしなければ…くそっ!」
「…え? 毒?」
「お前は闘技大会で優勝して仕官していいご身分だがな、負けた俺はこのざまだ…っ…」
吐き捨てるように口を開きゼノスは身を翻すと、呼び止める最愛の妹の声すら無視して城内から走り去った。
「…どうしてなの…兄さん…」
「毒って…何のこと、いってるのかしら? ねぇ、アクセル、ルイセちゃん?」
ティピが怪訝そうな顔で振り向くと、アクセルも「さぁ?」と言って肩を竦める。
が、ルイセは…少しだけ気まずそうな顔で、慌てて目線をそらした。
「…ん? ルイセちゃん? ルーイセちゃん…?」
いつもながらにおどおどしたルイセの様子に、ティピの滅多に働かない第六感が反応したのか、ふんわりと近付きその顔を覗き込む。
「…な、何でもない。何でもないよっ! お兄ちゃあん〜! ティピが睨むぅ〜」
サッとルイセは話をそらして、アクセルの背後に隠れるように回りこんだ。
これが、後々のアクセルの受難の日々に繋がるなど、この時は誰一人として想像だにしなかった。
時は過ぎ、アクセル達はエリオット共にアンジェラ王母にあい、シュッツベルグへの道程を急いでいた。
関所も難なくすり抜け、シュッツベルグまで後もう一息と言うところで、曲がりくねった崖の細い道の向うから、道幅いっぱいの大きな岩が転がってくる。
このままでは、全員ぺしゃんこに! と、悲鳴をあげたところでアクセルの指に嵌った指輪が光りを放ち、岩は何かの力に弾き飛ばされ崖下へと落ちていった。
「…ふぅ。助かった…」
「危なかったねぇ〜」
と、安堵の息を漏らすのと同時に、
「…チッ…悪運の強い奴らだな…」
耳慣れた声と、見慣れた白い肩当をつけた男が悪態をつきながら姿を現した。
「アクセル以外、崖下に落ちりゃ良かったのによ…」
何て物騒なことを小声でぼやいている。明らかにその青い瞳は、アクセル以外の人物を邪魔者視していた。
「何てこと言うのよ、ゼノス!」
アクセルの肩付近で、ティピがキーっと声をあげる。
「お前にゃ、用はねぇよ、羽虫!」
ゼノスの暴言に、思わずご自慢の蹴りを入れそうになったティピを困った顔でアクセルが掴んで止め、一息ついてアクセルはゼノスと向き合った。
「…何故だ、ゼノス?」
「そうよ、どうしてこんな事するの!?」
「そんなに知りたきゃ教えてやるよ。あの時…闘技大会で俺の控え室に来たお前らは、俺の飲み水に毒を盛った! そのお陰で俺は優勝できなかった!」
苛立ち気味にゼノスがそう叫ぶと、アクセルはハテナ?と、首を傾げた。
何しろ、アクセルは闘技大会の時、反対側の控え室にいけるなんて知らなかった。当然ながら、ゼノスにも会いに行ってない。それなのに、どうやってゼノスの飲み水に毒を盛ることができるのだろうか。仮にいけたとしても、どれがゼノスの飲み水なのか解る筈も無い。
「…待て。そもそも俺は、対戦相手の控え室に行った覚えは……」
「聞いて! ゼノスさん! 私たち、ゼノスさんが言うような毒なんて盛ってない!」
兄の発言を遮ってルイセが声をあげる。
「嘘をつけ! ガムラン様が仰ったんだ…お前達が毒を盛ったって!!」
ぶんぶんと大きくルイセが頭を振る。その度にツインテールになっている桃色の髪の房が、隣に立っているウォレスやアリオストの顔をビシバシと叩いたが、それはさて置き。
「そんな事をしなくても、正々堂々と俺はお前の愛を受け入れるつもりだったのに!!」
「あたしが盛ったのは、毒じゃないもん! 薬だもん!!!」
同時に両者の口から発せられた言葉は、何処から突っ込んでよいものやら解らないものだった。
ゼノス、お前、それは何か違うだろう?
と、突っ込みたいところだが、それにも増して
ルイセ、今、なんつった!?
と、言う衝撃の方が大きい。
「やっぱり盛ったんじゃないか!!!」
「毒じゃなくて、薬だもんーーーーっ!!!!」
まるで痴話喧嘩のようなやり取りに、暫しみな呆然として、アクセルは軽い立ちくらみに襲われた。ウォレスはいつ『ガムラン』という名前に突っ込んでいいのか解らず、眉を下げたまま上げた手は宙を彷徨っている。
「…ちょっと、待て」
大きく息を吐いて、頭痛に眉を顰めながらアクセルが制止に入る。
「ゼノスの問題発言は、この際置いておいて…」
「何処がだ!?…うぉっ!」
不満の声をあげるゼノスに、ティピの必殺キックが決まったのは言うまでもない。
「…ルイセ。お前、今、なんつった。怒らないから、兄ちゃんに言ってみろ」
米神を引くつかせながら妹を見ると、ルイセは「いや〜ん」と声をあげながら、ウォレスの背後に隠れた。
「…ゼノスさんに盛ったのは、毒じゃないよ、薬だよって…」
「…盛ったんだな?」
「…ぅ…うん」
「…ゼノスの体調が不良になったのなら、毒に変わりないだろーが! それぇっ!!」
普段は物静かで口数の少ないアクセルから発せられたその声は、珍しくも大きく怒気を含んでいた。
「…でも、でもっ…薬だもん…」
「ほぉ? 何の薬だ。兄ちゃんに教えてくれるよな? ルイセ」
兄の顔は優しく微笑んでいたが、目は笑っていなかった。ビクッと体を震わせルイセがウォレスにしがみつく。
「…お、おいおい、アクセル。まぁ、落ち着け。ルイセがビビってるじゃねぇか」
「ウォレスは黙ってろ」
咄嗟に出た助け舟も、アクセルの背後に吹き荒れる嵐の前にあっさり轟沈。
「…だってぇ。もう戦うの面倒くさかったしぃ〜。ゼノスさん強そうだからぁ、お兄ちゃん怪我したら嫌だったからぁ〜」
「ルイセ?」
「…毒じゃないよ。媚薬に催淫剤とぉ〜ちょーっと筋弛緩剤を混ぜたルイセ・スペシャルだもん…」
「おまっ!!!!!」
薬の内容を聞き、アクセルはガックリと項垂れた。
アホだ、馬鹿だ、救いようの無いブラコンだとは思っていたが…此処までとは…
一体、何処からそんなもの仕込んできたんだ…このお馬鹿わ!!!
と、アクセルは心の中で毒づいた。
「ルイセとしては、ゼノスさんがパートナーのあのもっさい人と懇ろになって、試合放棄してくれれば良かった程度なんだけどぉー。一番の誤算は、効き目がお兄ちゃんに出ちゃったことよねぇ〜」
まぁ、お兄ちゃん美人だからしょうがないかな〜って思うけど、うん、うん。何て、騒動の張本人は呑気に頷いている。
単に、ゼノスの体が大きすぎて、効き目が出る(体に回りきる)時間の計算を間違えただけだったりするのだが。
「…ルイセ」
はぁ、と大きく溜息をつくと
「なぁに? お兄ちゃん」
ひょっこりとウォレスの影から顔を出す。
「ちょっと、此処に来なさい。尻叩くから」
「えええええー!? 嫌だ、嫌だよぉっ! 痛いもんー!!」
ビクッと桃色の房を天に向って硬直させ、ぶんぶんと頭を振るとそれが凶器になって、「ごふっ!」「うわぁっ!」逃げ遅れたアリオストとエリオットを殴り倒す。
「いつも言っているだろう? 変な趣味や嗜好は止めなさいって!」
「いいじゃないー! 乙女の夢を邪魔しないでよぉー!」
「何が乙女の夢だ! いいから、こっち来い! お仕置きしてやるっ!!」
アクセルがゼノスそっちのけで妹の尻を叩くべく駆け出し、身の危険を感じたルイセが慌てて逃げ出す。
「待てっ! アクセル!! どうせなら、俺にお前の尻たたかせ……っぐぼぁっ!!」
仲良く(?)兄妹がじゃれるなか、何かが崩れたゼノスが駆け出すと同時に、
「ところで、ガムランだがなぁっ!!!」
いい加減、話(ゲーム)が進まなくてプッツン来てたウォレスの投剣が綺麗にその顔を打った。
何とか、強引にガムランについて話を纏めると、ゼノスはアクセルをチラ見しながら未練がましく去っていった。
「はぁ〜。やっと進めるねぇ〜」
「そうですねぇ〜」
眼鏡のレンズに亀裂が入ったアリオストと、可愛らしい顔に棒状の痣を作ったエリオットが口の端を引き攣らせる。いつもはとても穏やかな筈の笑顔から立ち上る、「この恨み晴らさで置くべきか」とでも言いたげなまっ黒いオーラ。
その後ろで。
「きゃああああっ!! 痛いっ 痛いよぉっ!! ごめんなさぁ〜い! お兄ちゃああんっ!!」
俊足3の持ち主である兄から逃げられるわけもなく、パーン、パーン、といい音を響かせながら尻を叩かれるルイセの悲鳴が木霊していた。
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2008/05/02